年末、本屋に立ち寄り、お正月に読む本を探していました。
平積みの本を見渡すと、岩波新書で“森林と人間”という本が目に留まりました。副題は-ある都市近郊林の物語-とあり、帯には—市民の憩いの森はこうして生まれた—北海道苫小牧市で実現した都市林づくりの体験記—と書かれており、早速手にとって1冊購入しました。

北海道苫小牧市は私が生まれたふるさとで、高校卒業まで住んでいました。そしてこの本の舞台になる北海道大学苫小牧研究林、40数年前、市民は大学演習林と呼んでいましたが、高校生のクラブ活動で学校からよく走って行ったところです。学校から7,8キロもあったでしょうか。夏、演習林に入っていくと急に森の中に入り、風がひんやりと体を包み、汗が引いていきました。演習林の中ほどには小さな広場があり、北の片隅から湧き出した幌内川が、川幅4メールほどの穏やかな清流を流していました。その川の水を飲み、汗をぬぐうのがとても快感でした。ザリガニもいて、網で焼いた想い出もあります。
高校のときは苫小牧からバスで1時間ほどの国立公園支笏湖の湖畔から登れる風不死岳(1,103m)から樽前山(1,041m)へとよく縦走しました。風不死岳は湖畔から見ると聳え立つような山で、湖畔から沢筋を登り、山頂近くは両岩壁が高く、一人がやっと登れるほどの険しい沢になっています。雄大な湖畔を見渡しながら樽前山に尾根を歩き、樽前山の7合目ヒュッテで管理人のおじさんと話をしながら一休みして下山、苫小牧行きの最終バスを目差して、かなり早足でバス停まで向うのがお決まりのコースでした。

苫小牧の春は連休を過ぎてからやってきます。演習林も6月から9月ぐらいまでしか入れません。演習林は2715ヘクタール(東京ドーム581個分)あり、以前、林の奥は人工林の針葉樹のカラマツ、トドマツが手入れされず、中に踏み込めないほど荒れ果てていました。その演習林を総合的な自然研究の拠点とすると同時に、市民を積極的に受け入れる休養林として森を活かして森林を再建したのが1973年から1996年まで苫小牧演習林長を勤められた、この本の著者、石城健吉さんです。
彼はまず長くこの地域の風土に適応したミズナラ、シナ、ハルニレなど在来の広葉樹を主体とした森づくりをはじめました。落葉広葉樹の明るい木陰は市民の休養の森にとって不可欠の要素であり、さまざまな動植物の生物相が豊かになります。市道の演習林入り口からグラウンドを含む構内一円を森林資料館と森林をつなぐ役割を持つ森の応接室あるいは玄関ホールとして整備し、樹木園と名づけました。その樹木園は森林空間を典型的な形で人々に示し、身障者、子ども、高齢者を含む訪問者のすべてがそれを味わえます。
彼は著書の中で都市住民にとっての森林の効用について次のように記しています。

“何よりもまず、この森林空間の平穏さと快適性の中に身を置くことにある。(略)やってくる市民の姿は、見ているとまことにさまざまだ。池の岸でいつまでも水を眺めている人、寄ってくるカモに餌をやっている人、芝生の中を走り回る子供たち、寝そべってそれを見守る親たち、何をしにきたのでもないこうした市民の姿こそ、今後とも都市林としてもっとも大切にすべきものである。”

町田 久