私の手元に1冊の古い本があります。この本は30年程前に患者さんから頂いた本です。
「天風先生座談」二見書房から昭和45年(1970年)に出版された本です。この本の著者は宇野千代。平成8年、98歳まで生きられた女性小説家で、代表作は「おはん」、岐阜県本巣市にある樹齢1500年の彼岸桜の保護を訴えて活動したことで知られています。この彼岸桜は淡墨桜(うすずみざくら)と言われ、つぼみの時は薄いピンク、満開時は白色、そして散り際は薄い墨色になり、日本5大桜として天然記念物に指定されています。
ちなみに、宇野千代より少し前、昭和60年(1985年)99歳まで生きた女流作家、野上弥生子は、亡くなる直前まで執筆していたと言われています。野上弥生子は晩年、医者からタンパク質が不足していると言われ、プロテインを摂取していたと聞いています。出版会社の編集者の人から聞いた話だったと思いますが、彼女は練った小麦粉を丸めて野菜と一緒に煮込む、すいとんを良く食べていたが、タンパク質が足りないと言われ、すいとん汁の小麦粉にプロテインを混ぜて食べていたそうです。

宇野千代は、「天風先生座談」のまえがきで中村天風を紹介しています。
“天風先生中村三郎とは何者か? 旧華族に生まれながら、蒙古草原をさまよい、軍事探偵となる。「人斬り天風」と呼ばれた。断頭台をのがれて米国に渡り、コロンビア大学医学博士となる。死病・奔馬性肺結核をみずから癒さんがためである。ベルリン大学哲学博士を受ける。吐血しつつインドの秘境に侵入、ヨガの大酋長の秘儀に参ずる。居ること数年、ついに悟入転生の機をつかみ、新天地を見た。日本人にして唯一のヨガ直伝者。中国革命に参加、孫文政権の最高顧問となるが、革命挫折、帰国。”
セラ治療院の1階事務所の壁に「研心錬身」と書かれた額があります。義父・書家である毛利寿海に開業の時書いてもらいました。帝国ホテル、上海美術館での個展、フランスなど海外での評価が高い人でした。この「研心錬身」は中村天風の本から抜いてきた言葉です。

公益法人天風会は、中村天風が説く心身統一法を月例講習会などを通じて普及啓蒙活動をしています。その根本は“「われは今、宇宙(自然界)の中にいる」という生命的存在としての覚醒と「われは又、宇宙(自然界]の叡智とともにあり」という人間としての自覚を、われわれの心に深く「柔らかな哲学」としてインプットすることから始まります”としています。このことを本の中から引用してみます。

“今までにずいぶんと、いろいろな手当てをした。医者にもかかった。薬も飲んだ。注射もした。さらにまた、健康法もやった。宗教の信仰もやった。けれども、いっこうに思うように丈夫になれない、という人は、桶の底に穴があいているんだよ。つもり、この、生命を支える宇宙エネルギーを、受け入れる受け入れ態勢が、完全に用意されていないからであります。”“死なないかぎりは生きているんですから、たとえどんなことがあろうとも、生きているというこの有難さを心に思い、どんな辛いことがあろうとも、どんな悲しいことがあろうとも、すべてこの俺が、もっと高い心の境地になるための、天の試練なり,というふうに考えて、それを喜びと感謝に振り替えたら、どうでしょう”

我々は宇宙の中にいることの認識、そしてその見えない大いなる力にゆだね、生かされている自覚を持つことを中村天風は説いている。

町田 久